精神保健・医療・福祉関係者の方へ

みなさんには大切な時間がありますか?これがあるから辛い仕事も乗り越えられるというような、空間・時間です。
薬物の問題を抱える本人にとっての薬物も、みなさんにとっての大切な時間と同じものだと感じますか?

薬物の問題を抱える本人や家族に対する支援は、障害・疾病特性に配慮し身体的・精神的・社会的困難からの回復を支援するという意味では、精神保健・医療・福祉におけるその他の問題を抱える方への支援と基本的には変わりません。

しかし、薬物の問題を抱える本人や家族への支援には、薬物関連問題に対する法規制やそれに伴うスティグマ・偏見という困難が付随します。本人や家族は、犯罪者として扱われることに対する不安や絶望から正直で率直な関係を築くことが難しいことが少なくありません。そして、支援者側にある「薬物は犯罪だから…」という思いが支援に影響を及ぼすことも少なからずあります。このような状況から、いつも通りの支援ではうまく進まず、どのように支援をしてよいか悩んだこともあるかもしれません。

また、依存症は「否認の病」と言われます。「自分は依存症ではない」、「まだ大丈夫」など病気であることや現状などを否定する心理的反応のことですが、これらの「否認」よって支援が進まず、嫌気がさすこともあるかもしれません。しかし、薬物の問題を抱える人の中には、過去の辛い出来事や現在の苦しみから生き延びる方法として薬物を使用している人が少なくなりません。生きづらさにどう寄り添うかという視点がなければ、薬物を手放すことは難しくなります。また、日本社会では依存症からの回復のイメージが乏しいことも「否認」に大きな影響を与えており、「否認」は本人個人の課題だけではとらえることが出来ません。

このような薬物問題に対する偏見や、「否認」に対する批判にさらされ続けていた本人たちにとって、正直で率直な関係を築くことは非常に難しいことです。ダルクの中で大切にされていることの一つが、「正直さ」です。自分と同じ経験や苦しみを抱えた仲間が正直にその苦しみに向き合う姿が、他の仲間の大きな力となっているように感じます。
同じ経験や苦しみを抱えた仲間だから分かり合えることがあるように、仲間だからこそ受け入れがたいことも当然あります。ダルクの力の源泉は、単に同じ依存症の問題や経験を共有ししているからではなく、仲間であるために、様々な困難を時に受け入れ、時に乗りこえようと回復のための取り組みを続けることにこそあるように思います。

ダルクでの時間は私の大切な時間になっています。援助者としてではなく、一人の「私」として、グループの輪の中に座り、参加者として仲間の話に耳を傾け、「私」について話すことができる貴重な時間です。一人では向き合うことが出来ない苦しさに、仲間とともに真摯に向き合う姿に感銘を受け、希望を与えられてきました。何より、ダルクの仲間は、いつも新しい仲間が来た時と同じように、私を受け入れてくれます。この温かさはいつも私に絶対的な安心感を与えてくれます。

薬物の問題からの回復が一人一人異なるように、その人にとってのダルクの役割も一人一人異なります。薬物の問題を抱える人、その人を支援しようとしている精神保健・医療・福祉関係者の皆さんと、目の前の人の回復について一緒に考える場が八王子ダルクにはあります。どうぞ恐れずに門戸を叩いてください。仲間の温かい笑顔が不安を消し去ってくれることと思います。

日本女子大学 引土絵未